広田せい子の
ハーブアイテム33




 今朝も何と気持ちのよい朝……。
 さわやかな風が吹くたびに、開け放した窓からさまざまな香りが運ばれてきます。ラベンダーにミント、咲き始めたばかりのオールドローズの芳香もまじっているせいか、昨日よりも少し甘い感じがするようです。誘われるように庭へ出た私は、足元にじゃれつく子猫を抱き上げました。驚いたことに、子猫の体からは何ともいえないほどよい香りがします。早起きの子猫は、薄紫色のキャットミントの花とすでにひと遊びしてきたのです。
 小鳥のさえずりに、もう働き始めた蜜蜂のハミングは混じる庭は、ハーブの香りに満ちて平和そのもの。いつまでも佇んでいたい花と緑の聖域、といったら大げさでしょうか。
 私がハーブのある暮らしをしたいと思い始めたのは40年ほど前のことでした。読書好きの少女は外国の小説や詩などに描かれている「見知らぬ異国の香り草」に興味を抱き、図鑑で調べたりノートをつくったりしていましたが、当時は種子を入手できるどころか、テキストもありません。学生時代にアメリカのペンフレンドから種子を送ってもらったときの感激や、あのころはまだ少ない海外出張の機会に恵まれた人に頼んで、参考書を入手したことなど、ときどき懐かしく思い出すことがあります。
 私は就職、結婚、育児という道をたどりながら、ハーブの栽培と利用をマンションのベランダや貸し農園で、少しずつ自習してきました。それまでは、海の彼方の遠い存在だったハーブが、わが家の出窓で芽生え、食卓や風呂場で家族を喜ばせることができるなんて……。食べざかりの3人の息子たちにつくる料理にセイジが役に立ち、不意のお客さまにはプランターから摘んだ香り高いバジルが助けてくれたのが、つい昨日のことのようです。
 ハーブが家庭のなかに入ってくるにつれて、私はさまざまな楽しみを味わえるようになりました。育てる楽しみ、利用する楽しみも予想していた以上ですうが、自然がぐんと身近に感じられ、雨や太陽にも感謝したくなり、どんな命も愛おしくなりました。ハーブの文化や歴史を調べ始めると、香りのイメージによって、ギリシャ神話の神々や英雄ナポレオンも、親しみをもって感じられるようになってきます。私の庭ではアポロンが愛した月桂樹の垣根が緑の影を落とし、ナポレオンお気に入りのニオイスミレも春ごとに咲くのですもの。
 陽が高くなって、いちだんとハーブの香りが強くなってきました。今日は日曜日。庭でハーブティーを楽しむことにしましょう。

 
《 目次 》
 始めてみませんか、ハーブのある暮らし
 暮らしを彩るおすすめハーブ33
 Herbal Almanac
 ヒントの花かご
 ハーブコレクション
 初めてのハーブ 育て方と使い方




1997年のNHK趣味百科「ハーブを楽しむ」のテキストをもとに、新たに作品と原稿を加え、再編集したものです。

著者:
発行所:日本放送出版協会
価格: \1631円 (税込)
size:26 x 19 (cm)
ページ数:111 p

ハーブアイテム33


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